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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4268号 判決 1969年7月03日

原告 山中三次郎

右訴訟代理人弁護士 持田幸作

同 新井旦幸

被告 万国海洋財宝引揚協会こと 天野富太こと 天野富太郎

右訴訟代理人弁護士 原玉重

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  万国海洋財宝引揚協会が沈没船早丸の財宝引揚業務を事業としてなしていたことは右事業が被告が右名称を使用して個人事業としてなしていたか否かの点を除き当事者間に争いがない。

二  原告は引揚協会は単なる被告の個人事業の名称であると主張するに対し、被告は人格なき社団であり、右社団が沈没船早丸の財宝引揚事業(以下単に引揚事業という。)をなしていたと主張するのでこの点を検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告は昭和四〇年春頃二〇年来の知人である訴外原金右エ門から早丸引揚げのため深海潜航艇よみうり号の借用方を依頼され、かつ訴外鈴木通作からも同年七月二〇日頃引揚事業につき協力方を要請され、被告において右要請を承諾したことから、被告は同郷の知人である原告を、当時被告が事務室として使用していた国立国会図書館内の自民党民情部に呼び寄せ、同人に対し引揚事業につき話し、「資金が四、五千万円あるし、心配ないから事業を手伝え。」「役員に加え、事業成功の際には利益配分をする。」「役員として働く以上は金一〇〇万円ないし金二〇〇万円を出しなさい。」等といわれたので、原告は右金員を親戚から借りて調達することとし、ひとまず郷里の香川県に戻り、三本松町の被告方において、原告が親戚から借金をするための方策として、原告が引揚事業の出資金として金一〇〇万円を支出した旨の引揚協会理事長名義の仮領収書(甲第二号証の一)および右事業資金として金一〇〇万円を借用する場合は利息は月三分金三〇万円とし、三箇月後返済する際には元金に五割を加え金一五〇万円として返済する旨を記載した有合せ紙片(甲第二号証の二)を被告から貰い、これらに基き、原告は同年八月二日金一〇〇万円を引揚協会の事務員南部保子に出資金として交付して支払ったこと。

(二)  次いで原告から被告に対し、原告の長男健も引揚事業に参加したいから出資する旨を申し出るとともに、これに基き同年九月一日金二〇万円、同月一一日金六〇万円をいずれも原告が調達し、健名義をもって前同様南部保子に出資金として交付して支払ったこと。以上の各支払については、南部において所定の出資金に関する帳簿に記帳するとともに、その都度引揚協会名義で正式の出資金領収証を作成して、原告に交付していること。

(三)  右に先だつ昭和四〇年七月頃には既に被告は前記国会図書館内の事務室を引揚事業の事務所とし、事務員として南部保子を雇傭し、各種必要帳簿を備えて、必要事務を処理するとともに、対外的には万国海洋財宝引揚協会なる名称を使用し、逐次出資金、借入金などを獲得するとともに同年一〇月頃からは本格的に早丸沈没現地である久里浜沖で、よみうり号を使っての調査、亜細亜浚渫株式会社の浚渫船を使っての浚渫作業、アクアラングによる作業などを実施し、若干の物件が引揚げられるに至ったこと。そして右作業については原告および鈴木通作が現場指揮官として参加したこと。

(四)  昭和四〇年一〇月二六日引揚事業に関する出資者総会が開催され、右事業主体の名称を万国海洋財宝引揚協会と正式に定めるとともに、組織については会長一名、副会長二名、常任理事若干名、理事若干名を置くことが定められ、会長には被告が選任されて就任し、副会長には原告の就任を求める提案もあったが、被告が、副会長に天野派と見られている原告が就任することは遠慮する旨を発言し、最終的には本日出席した出資者全員が役員となること、但し各役員の役職については被告の決するところに一任することなどが議決されたこと。そして右総会には出資者として被告のほか鯉淵真平、原告、鈴木通作、上島勝寛、大江久治郎らが出席していること。

(五)  引揚協会に関しては前記のとおり、出資金、借入金に関する各帳簿のほか、設備費、調査費に関する各帳簿が備付けられるとともに、これに相応する各口座が設けられており、そのほか現金出納簿、銀行帳簿などもあり、これらの記帳は南部保子が処理していたこと、引揚協会に関する事務、金銭出納などの財産管理はすべて最終的には被告の決済するところによって処理されていたこと。

(六)  引揚協会は、最終的には出資者三四名、出資総額約金二、四九〇万円をえて、引揚事業を前記の如く進めてきたが、その後事業資金が続かず昭和四一年五月二〇日頃以降事業を停止し、現在に至っているが、正式に引揚協会につき、解散ないし清算手続がとられているものではないこと。以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三(一)  権利能力のない社団といいうるためには、団体としての組織を備え、代表の方法、総会の運営、財産の管理、その他社団として主要な点が、規則によって確定していることを要する。換言すれば社会的には社団として社団法人と同様な団体であり、団体の内部規則をもち、代表者を定めるなど団体活動を組織的、継続的に行ない、個々の構成員とは別個の単一性(社会的主体性)を観念しうるものであることを要する。従って、権利能力のない社団は、加入、脱退などの構成員の変更とは無関係に独立した組織的単一体として存在するから、当事者の個性に重きを置き、その相互間に債権関係を発生させる組合とは異なり、権利能力なき社団の意思決定は民法の社団法人の規定に従って総会を行ない、具体的な行動は代表者を通じてなされ、その財産も社団法人の財産と同じく目的財産化し、個々の構成員の財産とは別個の独立性を有するものと観念されるものである。

(二)  そして法律上人格なき社団といいうるためには、右の如き実質を有するものであることを要し、かつこれをもって足るところ、前記の「社団として主要な点が規則によって確定している。」とは社団法人における定款作成に準じ、書面をもって客観的に明確に確定していることを要するものと解すべきである。もし書面上確定していることを必須とせず、単に言語上ないし口頭をもって定められていることをもって足りるとするならば、かかる社団と法律行為をなす相手方が不測の損害を被ることなきを保し難いとの一事を考えても、その不可とすべきことが明らかであるからである。

(三)  以上の見地に立って引揚協会をみると、前認定のとおり同協会は三四名の出資者によって組織され、被告を代表者として引揚事業をなしつつあるとはいうものの、その財産の管理、事務の処理、意思決定機関としての出資者総会に関する事項の定めなどは、すべて明確に規則として確定しておらず、かつ書面上客観的に認識しうる如く形成されていないから、引揚協会は、いまだ人格なき社団とはなし難いものといわなければならない。しかしながら、前掲二記載の各証拠を総合すると、引揚協会は、三四名の出資者が金員を出資し、引揚事業を目的とし、これを共同の事業として営み、これによって利益の分配を受けることにつき合意した結果成立したものであることが認められるから、引揚協会は民法上の組合と認めるべきであり、かつ被告は右組合によって業務執行組合員に選任されたものと認めるべきである。そして、原告は自己名義の金一〇〇万円および健名義の金八〇万円合計金一八〇万円を出資して、引揚事業を目的として、これを共同して営み、これによって利益の分配を受けることにつき合意したものであることが前掲各証拠によって認めることができるから、原告は引揚協会(尤も正式の名称決定は組合契約成立の後であることは前認定のとおりである。)という民法上の組合の組合員たる地位に在るものといわなければならない。

四  そこで原告の本訴請求について検討する。

(一)  原告は本件出捐金は被告個人に対する貸付金であるから、その返済を求めるというが、前認定のとおり本件出捐金は民法上の組合たる引揚協会に対する出資金であるから、これを被告個人に対する資金として返済を求める右主張は採用しえない。

(二)  次ぎに原告は、昭和四〇年一二月三〇日被告が原告に対し本件出捐金を引揚協会に対する原告の貸付金として貸りておく旨を言明したから、これによって貸金になったと主張し、右主張に沿う≪証拠省略≫も存するが、≪証拠省略≫によると右被告の言辞は、原告との口論の際になされた、いわゆる売り言葉に対する買い言葉であったことが認められ、また≪証拠省略≫によると、原告は昭和四一年八月下旬頃国立国会図書館内で開催された引揚協会の出資者総会に、出資者としての開催通知の送達を受けておらなかったにもかかわらず、他から右開催の件を聞き強引に出席したことが認められるから、原告みずからも右被告の言辞を是認肯定していたものとは認め難いのみならず、更らに仮りに右被告の言明によって原告の本件出捐金が貸付金に変更されたとすれば、これは当然原告に対する引揚協会からの除名と解さなければならぬところ、除名は被告単独の意思によってなしうべきものではないことは民法第六八〇条に徴して明らかであり、かつ引揚協会においては、業務執行者たる被告のみの意思により組合員を除名しうる旨の特約があった旨の主張立証もないのであり、一方原告が正式に引揚協会を脱退した旨の何らの立証もないから、いずれによるも原告の右主張に基く請求は理由がない。

(三)  次ぎに原告の本件出捐金は被告の詐欺に基く意思表示であるから取消の意思表示をしたので、その返還を求める旨の主張に関しては、原告の全立証をもっても、被告が当初から引揚事業が到底不可能であることを知り、ないし予見していた或いは予見しえたものとは認められず、かえって前掲各証拠を総合すると、被告は引揚事業についてはみずから多額な金員を或いは出資金として、或いは引揚協会に対する貸付金として支出しており、右事業の挫折は専ら資金不足によるものであり、それまではよみうり号による調査、浚渫作業、或いは成立に争いのない乙第六号証記載の如き史実調査などを実施していることに鑑みるとき、被告において、原告主張の如く、原告を欺罔する意思をもっていたものとは到底認められない。よって原告の右主張も採用の限りでない。

(四)  以上のとおり原告が本件出捐金の返還を求める旨の主張はすべてその理由がないから、原告の本訴請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、それぞれ主文のとおり判決する。

(裁判官 安達昌彦)

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